【インタビュー|瀧本章子】身延に、わざわざ行きたくなる理由――KICQ DETOX CURRYが届ける旅先の食体験という物語

Local Quest Labの活動拠点である山梨で活動する人・企業・団体等へのインタビューを通じて、地域内外の人たちに「関わる」「暮らす」「働く」「旅する」「学ぶ」のきっかけ(接点)と地域とのつながり(循環)をつくるプロジェクト「Local Quest YAMANASHI」。


今回、身延町のスパイスカレー店「KICQ DETOX CURRY(キック デトックス カレー)」代表の瀧本章子さんにインタビューをした。

「美味しいのに、食べたあとからだが軽い」。そんな感想が先に立つKICQのカレーは、グルテンフリー・無添加、玄米比率の高いターメリックライスなど、整うための工夫が随所にある。ただ、瀧本さんが語るのは、栄養学の正解探しでも、ストイックな健康論でもない。制限で人を縛るのではなく、日常の選択肢を増やすために、料理を「引き算」で組み立てる。

東京での挑戦、想定外の壁、そして山梨・身延への移住。カレーを介して人が集まり、会話が生まれ、次の行動が起きていく。KICQが生み出しているのは、一皿の美味しさだけではなく、旅の目的地にもなる場そのものだった。

<瀧本さんの言葉>
料理は人を笑顔にする特効薬のような存在。
だから私は料理を作り続けます。
美味しい料理の向こうに娘の笑顔が見えるから。

原点は、中学生の時に毎日作った「弟と自分のお弁当」

瀧本さんの人生は、よく動く。幼少期から数えると引っ越しは14回。軽やかな言い方の奥に、確かな実感がある。その感覚は、のちに店を構える場所を選ぶときにも、静かに効いてくる。

中学生の頃から料理が好きで、毎日、自分と弟のお弁当を作っていた。高校は卒業と同時に調理師免許が取れる学校へ。ただ、料理一本で突き進んだわけではない。歯科助手や居酒屋の仕事、結婚と離婚、再婚、子育て……。暮らしの節目をいくつも越えてきた。

当時はまだパソコンがいまほど普及していない時代。「同年代の中では、割とPCが得意だった方かもしれない」と話した通り、職場で偶然触れたPCに惹かれ、仕事をしながら覚えていった。

料理から少し離れている時期があっても、家ではずっと「体にやさしいもの、負担の少ないものを使う」食生活を続けてきた。その家庭の哲学が、ある日、社会へ向かう矢印に変わっていく。

「ママの料理、おいしいから」——約束みたいに残った一言

瀧本さんが飲食の領域で挑戦を決めた背景には、一番下の娘さんが23歳の時に、がんのため亡くなったことがある。瀧本さんは、今もその事実を淡々と語る。ただ、淡々としているのは、感情が薄いからではない。言葉の端々に、決して消えない温度がある。

娘さんは生前に、「ママの料理はおいしいから、絶対お料理の仕事をした方がいいよ」と言ったという。瀧本さんは、その言葉を“励まし”としてではなく、“約束”として受け取った。やるなら、ずっと大切にしてきた「体にいいもの」。

そして、誰もが手に取りやすいもの。「国民食とも言えるカレーがいい」と直感的に思った。カレーは、自由度が高い。スープの組み立て、油の選び方、スパイスの配合、野菜の甘みの引き出し方。組み合わせの分だけ、選択肢が増える。瀧本さんは「体に負担になりやすいものをできるだけ外せば、カレーはもっと美味しくできる」と確信したという。

ここで言う「外す」は、我慢のための制限ではない。食べられない人をつくらない、食べたあとも軽く過ごせる。その自由を増やすための設計である。

東京・初台での挑戦。しかし、想定外の壁があった。

最初の挑戦の舞台は、東京・初台。マンションの一室を拠点に、テイクアウト/デリバリー中心でスタートした。外で食べても、家で食べても、体が軽くなるようなカレーをつくりたかった。

ところが、始めて2〜3か月が経つ頃、思いがけない試練が訪れる。匂いのことやセキュリティへの不安など、地域の方から戸惑いの声が届き、大切にしていた看板が傷ついてしまうような出来事も重なった。

「一瞬落ち込んで、20分ぐらい黙りこくりました」

一緒に創業した仲間は、息子さんともう一人。3人で沈黙したあとに出た結論は、意外なほど前向きだった。

「カレー屋はやる。でも、ここにこだわる必要はない」

次の候補は、キッチンカーか冷凍。キッチンカーも検討したが、車両コストに加え、都内だと駐車場代など固定費が重い。ならば、全国へ届けられる冷凍に賭けよう。この判断が、KICQをローカルな店から広がる食へ変えていく。

自然と歴史が息づく静かな山間地域「山梨・身延」へ

初台での挑戦が揺らぎ始めた頃、瀧本さんの暮らしはすでに東京から動き出していた。本人の言葉を借りるなら、「移住が先だった」。カレー事業の都合というより、生活そのものが山梨・身延へ向かっていたのだ。

きっかけは「みのぶ自然の里」というキャンプ場。同年代の女性との縁から話が立ち上がり、当初は古民家カフェや農業体験、都会の人を受け入れる滞在型の企画など、食や暮らしを軸にした場づくりを思い描いて準備を進めていた。瀧本さん自身も住まいを探していたタイミングで、「任せて、任せて」と背中を押されるように計画は具体になっていく。

ところが、準備の最中、状況が一変する。キャンプ場の指定管理が決まり、支配人として入る予定だった人が「やっぱりできない」と降りてしまった。支配人不在では施設が回らない。急きょ白羽の矢が立ったのが瀧本さんだった。宿泊施設の施設長として現場に入り、引き継ぎも十分でないまま、走りながら覚える日々が始まったという。

「元々やろうとしていたことから、どんどん離れていった」

ただ、現場を回しながら見えてきたのは、当初思い描いていた方向とのズレだった。約1年ほど走り切り、新しい人に引き継げるタイミングで身を引く。そこで改めて立ち上がってきたのが、KICQのカレーだった。

「ここで、お店やりたい」——わざわざが目的になる場所へ

当時、まだ山梨一拠点ではなかった。東京と身延を行ったり来たりしながら、生活も仕事も回す毎日。体力的にも精神的にも簡単なものではなかった。それでも瀧本さんは折れなかった。初台での出来事を受け、冷凍へ舵を切った。その加工をどこでやるかと考えたとき、答えはシンプルだった。

「家族がいる場所で、腰を据えてやる」

冷凍の加工拠点を探し始めたとき、偶然のように今の店舗となる場所が見つかる。スーパーも近く、人が立ち寄りやすい場所。加工だけではなく、目の前で手渡す場もつくれる。瀧本さんはそこで、もう一段踏み込んだ言葉を口にする。

「ここで、お店やりたい」

息子さんからは「加工をやりながら店をやるのは絶対大変だ」と反対もあった。それでも店を持つことは、瀧本さんにとって単なる販売チャネル以上の意味があったのだと思う。体調や日常に寄り添う料理は、画面越しではなく、湯気のある距離で渡したかったのかもしれない。

その後、東京の店を閉じて拠点を山梨へ移す。そして、冷凍が本格的に動き出すと、今度は「店」と「加工」を同じ場所でやることが手狭になっていく。そこで身延と同じ峡南エリアにある市川三郷町に加工の場をつくり、「加工は市川三郷、提供は身延」という二拠点体制へ。いまのKICQ DETOX CURRYは、暮らしの事情と事業の合理性を両立させながら形になっていった。

KICQのおいしさの正体は、だしとスパイスの引き算

KICQの特徴を一言で言えば「引き算の設計」だ。油の酸化や添加物の影響を意識しながら、できる限りシンプルに組み立てる。野菜カレーは動物性食材を使わない。ご飯は玄米比率を高めたターメリックライス。食物繊維を意識した設計だ。何より、ちゃんと旨い。瀧本さんの言葉が面白い。

「やってることは、実はすごくシンプルなんです」

たとえばチキン系は、鶏ガラスープを濃厚に取り、玉ねぎとトマトを“カラカラになるほど”煮詰めて合わせ、塩とスパイスで味を決める。野菜系は昆布だしをベースに、素材のうま味を重ねていく。余計なものを足さないから、素材とスパイスが立つ。だから食べ終わったあとに、軽さが残る。

印象的なのは、瀧本さんが効能を語りすぎないことだ。代わりに出てくるのは「食べた人の声」。体感として「調子がいい」と言われることが、レシピを磨く材料になっているという。事実として、KICQの冷凍カレーは、健康情報誌『からだにいいこと®大賞2023』で特別賞を受賞した。味とコンセプトの両立が、外部からも評価されたかたちだ。

冷凍だから広がる。市川三郷の工房が“循環のハブ”になる

冷凍に舵を切ったKICQは、市川三郷町に「フローズンデリ工房」を構え、直販も行う体制を整えた。湯煎で手軽に食べられることは、忙しい人の生活に入り込むことでもある。

味の再現が難しい冷凍で勝負するには、お店の一皿と同じ体験を家庭で成立させなければならない。だから、工房づくりは、ブランドづくりそのものなのだ。

身延の店舗で提供する温かいカレーと、全国へ送れる冷凍商品。二つの拠点が、事業の安定と拡張を同時に叶えている。食卓に入れば会話が生まれ、会話が生まれれば「行ってみたい」「会ってみたい」が芽を出す。

この時、私たちLocal Quest Labが大切にしている「接点と循環」は、実はこういう日常の小さな波から生まれるのかもしれないと感じた。

「食べられる」を増やす。フードダイバーシティという挑戦

山梨県では、多様な食文化・食習慣に対応できる飲食店等を認証する「やまなしフードダイバーシティ認証制度」を推進している。KICQも、ムスリムフレンドリーやベジタリアン・ヴィーガンなどの区分で認証を受けている。

食の選択肢が増えると、暮らしの選択肢も増える。アレルギー、宗教、ライフスタイル、体調。事情を抱えた人が「ここなら食べられる」と思える場所があることは、「ここに来てもいい」「ここで働けるかもしれない」という安心につながる。

食べられるを増やすことは、旅できるを増やすこと。KICQの挑戦は、そういう広がり方をしている。

カレー屋で終わらせない。人が集まる「キック会」という実験

瀧本さんの話を聞いていると、何度も出てくるのが「人が集まる」という言葉だ。象徴的なのが、店で開いてきた交流の場「キック会」。これまでの参加者は70人を超える規模になっている。

「私の知り合いじゃない人も、誰かが連れてきてくれるんです」

KICQが紹介の連鎖を生む場になっている。食の場は、心理的ハードルも低く、初対面でも「何を食べた?」から会話が始まる。そこに瀧本さんの物語が重なり、参加者の物語が重なっていく。「ただ食べる」から「語り合う」へ場が変わっていく。そうして「次は一緒に何かやろう」が生まれる。静かな共創は、身延のようなローカルなまちだからこそ、いっそう育ちやすい。

終わりに——瀧本さんが仕込んでいるのは、カレーだけじゃない

瀧本さんの歩みを振り返ると、人生の揺れや壁が何度も現れている。しかし、そのたびに瀧本さんは別の道を見つけてきた。場所を変える、形を変える、届け方を変える。一方、変えるために大切にしていることは、「余計なものを足さない誠実さ」や「食で誰かの毎日を支えたい」という思いなのだと思う。

また、身延への移住は、夢を追うための移動というより、生活を守るための選択だった。その選択が結果として、「わざわざ身延に行きたくなる理由」をつくっている。ここには店の物語だけではなく、暮らしを立て直してきた人の物語がある。

いま、KICQにはたくさんの人が集まり、カレーが運ばれ、会話が行き交っている。KICQのカレーは、ただのメニューではない。瀧本さんにとっては「約束」であり、「場」であり、「循環の起点」なのだ。

もしあなたが山梨を旅するなら、あるいは山梨で何かを始めたいと思っているなら。まずは一杯、KICQのカレーを食べてみてほしい。そして、瀧本さんと、ほんのひと言でも会話をしてみてほしい。そこから始まる循環が、きっとある。


<瀧本章子さんに関する関連リンク>
https://kicqcurry.com/
https://www.instagram.com/kicq_detox_curry/

<KICQ DETOX CURRY Information>
・身延ファクトリー(店内飲食・テイクアウト)
山梨県南巨摩郡身延町飯富1892-1/水曜定休/11:00〜14:00(L.O)/金・土は夜営業17:30〜20:30(L.O)も行っている
・市川ファクトリー(フローズンデリ工房)
山梨県西八代郡市川三郷町市川大門441-2(市川大門駅徒歩3分)/第1・第3火曜日に工房直販
*冷凍商品(フローズンデリ)はオンラインでも購入可能

<KICQのブランドストーリー>
https://www.instagram.com/reel/C_-HY-WMHU1/?igsh=dmJ0dTVudjVnZml1


取材:鈴木斗樹
執筆:萬里小路 忠昭

一般社団法人Local Quest Lab

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