【インタビュー|田口眞帆さん】カカオの先に見えた、森の香り——「ストーリーを届けたい」という一本の軸で、山梨・富士吉田に根を張る 

Local Quest Labの活動拠点である山梨で活動する人・企業・団体等へのインタビューを通じて、地域内外の人たちに「関わる」「暮らす」「働く」「旅する」「学ぶ」のきっかけ(接点)と地域とのつながり(循環)をつくるプロジェクト「Local Quest YAMANASHI」。


今回は、山梨県富士吉田市を拠点にするワイルドアロマブランド「noi(ノイ)」の店長として活動する、田口眞帆さんにインタビューをした。

「カカオ豆からチョコレートまでを一貫してつくる」という前職の流儀と、「富士山麓の植物を自ら収穫して商品化する」noiのあり方が、どこか重なって見えたという田口さん。

移住の理由を「楽しそうだから!」という一言に凝縮する彼女が、この土地を選んだ経緯と、接客の中に見出す喜びと循環の物語に耳を傾けた。


田口 眞帆(たぐち まほ)さんのプロフィール
北海道生まれ、転勤族として各地を転々とした幼少期を経て、大学で英文学や国際関係学を専攻。フェアトレードや途上国の経済的自立に関心を持つ中でチョコレートの世界に出会い、横浜のチョコレートメーカーに新卒で入社した。販売スタッフから店長、マネージャーへと9年間キャリアを重ねた後、2025年夏に富士吉田市へ移住。

「チョコレート屋だけで就活した」——カカオと国際協力が交差した、原点の話

「大学3年生のときに、チョコレートの原料であるカカオ豆が、児童労働や安く買いたたかれているという現状を知って。そこからチョコレートに興味を持ち始めていきました」

大学で国際関係学を専攻し、フェアトレードや途上国の人々の自立について学んでいた彼女が行き着いたのが、当時まだ国内では珍しかった「bean-to-bar(ビーントゥーバー)」のチョコレートという世界だ。カカオ豆の仕入れからチョコレートまでの製造・販売を一貫して自社で手がける。そのクラフトチョコレートの世界に携わりたいと、「bean-to-bar 求人」という検索ワードで、就職活動中に企業を探したという。

「ほぼチョコレート屋だけに絞って就職活動をするっていう、めっちゃ親泣かせなことをしてたなと(笑)。当時はbean-to-barブームに火がついたばかりで、新卒採用をしている会社もほとんどなくて」

そんな中、新卒採用をしていた会社が横浜にあるチョコレートメーカーだった。フェアトレードに取り組み、カカオ農家から適正価格で豆を買い取ることで生産者との関係を大切にしている姿勢に強く共感し、入社を決めた。

「自分たちが利益を出して、それを現地の人に還元できる。そういう循環できる仕組みに関わりたい、ビジネスとして何かできることがないかなと思いました」

入社後は販売スタッフとしてキャリアをスタートし、3年目に店長を任された。その後、エクアドルの農家とのプロジェクトに携わり、現地で植樹をしたり、農家さんとのやりとりの中で商品開発を担ったりと、入社時に思い描いていた夢を着実に実現していった。

在籍中に、2店舗だった店舗数は10店舗近くまで拡大し、田口さん自身もマネージャーとしてスタッフを束ねる立場になっていった。

「今になってやっと、社員一人一人がやりがいを持てるフィールドを作り続けるのがいかに大変かが分かるようになりました」

これは退職時に彼女のSNSに綴られた、前代表への感謝の言葉だ。チャンスを与え、人に投資し続けてくれた代表のもとで積み上げてきた9年間。その経験が、次の場所でどう活きるかを、田口さん自身もしっかりと意識していた。

インスタのDM1通が変えた人生——「楽しそう」という直感と、転職・移住の決断

田口さんが「noi」というブランドの存在を知ったのは、まだオンライン販売のみで展開していた頃のことだ。インスタグラムでフォローし、「素敵だな」と感じながらも、「今の仕事を辞めて、山梨に移住って、どうなんだろう?できるのかなあ」と、現実的な選択肢としてはなかなか頭に浮かばずにいた。

転機が訪れたのは2025年2月頃のことだ。大学時代から元々知り合いだったnoiのオーナーから、インスタグラムのダイレクトメッセージが届いた。富士吉田の店舗を立ち上げるにあたって店長候補を探している、良かったらお話を聞いてほしい。そんな、カジュアルな一通だったという。

「まずはお話だけでも聞いてみようと思って。求人を出しているのも知っていたし、素敵なブランドだとは思っていたから」

その後、オーナー夫妻とオンラインでお話をして、実際に富士吉田を訪れた。商店街やnoiなど色々と案内してもらい、暮らした際の実際の生活圏も一緒に歩いた。その夜、オーナー夫妻の自宅に泊まった田口さんは、90%、ここで働こうと心に決めたという。

「なぜここを選んだの?と聞かれたら、シンプルに楽しそうだから!につきます。豆からチョコレートをつくるbean-to-barと、自分たちで富士北麓に自生する樹木やハーブを収穫して蒸留して販売するnoiって、なんかすごく似ているなと思って。それを新しい土地でもやってみたいと思った」

前職でも一貫して好きだったのは「製造」というよりは、店舗に訪れてくれた方への販売と、その魅力を伝えることだったという。

「商品をつくるよりも、私がいいなって思ったものを、そのストーリーごとお客さまに渡すような方が好きで。今まで培ってきたものを、noiでもそのままいかすことができるんじゃないかなと思って」

富士吉田から帰ってきたその週、田口さんはすぐに勤める会社に退職の意向を伝えた。「興味あることにはすぐ飛びつくタイプ」と自分でも言うが、その決断の速さには、ずっと温めていた何かが解放されるような感覚があったに違いない。

引っ越しの荷ほどきをしている時に見つけた昔のノートには、こんなことが書いてあったそうだ。「郊外に住みたい」「自然に囲まれた場所で暮らしたい」「素敵な人たちとのつながりを大切にしたい」。それは40歳のときに実現したいと書いた目標だったのだが、「それが10年ぐらい早まった感じだった」と田口さんは笑った。

「誇張されてるわけでもなく、そのまんま」——富士吉田の印象

2025年4月に初めて富士吉田を訪れた田口さんが最初に受けた印象は、「コンパクトなまちだな」というものだった。横浜での暮らしと比べると、規模も様子も大きく異なる。しかし同時に、一番驚いたのは「自然との距離がめちゃめちゃ近いこと」だったという。

noiのオーナーさんの案内で森を歩いたとき、まだ雪が残っているのに木々の蕾は力強く膨らんでいて、いい香りがして、エネルギーを感じた。高く空へと伸びる木々に囲まれながら、「自分なんてちっぽけな存在で、自然の一部なんだなあって。とっても解放された気持ちになった」と話してくれた。

「空気も綺麗で水も美味しいし、車で10分ぐらいでその森に行けたり。ホームページに書かれていた内容が、誇張されてるわけでもなく、ほんとにそのまんまで。そこが素敵だなって思ったし、まちの雰囲気も穏やかで心地がいい」

富士吉田は近年、観光客も多く、海外からの来客も多いが、ローカルな暮らしの雰囲気が失われていない。「はじめ、閉ざされているのかなと思っていたけど、とてもオープンだった」という第一印象も、移住を後押しする一つになったそうだ。

森から手で、蒸留室で、店頭で——noiというブランドが大切にしていること

「noi」は、富士吉田市の商店街にある一軒のアロマショップだ。クロモジを中心に、モミ、ヒノキなど、富士山麓の森から採取した植物を原料に、蒸留・製品化・販売まで一貫して自社で手がけている。

クロモジは、日本固有の香木だ。このエリアでは雑木として扱われ、切り倒されて廃棄されることも多かったという。noiはその植物に目を向け、富士山麓の山主から使用権を得て、人の手を入れながら森を手入れし、植物を収穫している。

「森って、人の手が入らないとどんどん荒れていってしまうんです。手入れをしながら収穫させてもらって、自分たちでDIYした店舗で蒸留・製造して、販売する。そのバックグランドと工程に共感してくださるお客さまがとても多いんです」

店舗はもともと「角田酒店」という酒屋だった建物をスタッフ自身の手でDIYして作り上げた。暖簾の奥には製造室と蒸留室があり、お風呂場を改装した蒸留室では、クロモジやモミの精油が丁寧に取り出される。2階には漆喰を塗り直した茶室スペースもあり、今後はワークショップや森のツアーなど体験プログラムも広げていきたいと話す。

商品ラインナップはアロマスプレーやディフューザー、サウナ用ロウリュ、ハーブティーなど幅広い。スキンケア商品についてはパートナー企業と連携し、自社で蒸留したオイルを渡すかたちで製造している。

そして、noiが細部まで徹底しているのが、環境への配慮だ。ハーブティーのティーバッグには土に還る生分解性素材を使用するなど、ブランドとしての一貫性が随所に宿る。

「森から植物をいただいている以上、自分たちが扱うプロダクトも環境にとっていいものじゃないと、循環していく仕組みにならない。実は、そこまで公には伝えていないけれど、細部のところまで配慮していて。実際に入社してからも、ああ、ここまで徹底してるんだ、ということがたくさんありました」

前職でフェアトレードへの共感から入社を決めた田口さんにとって、「自分たちだけが良ければいいとかじゃなくて、関わっていく人全体を幸せにしていこう」というnoiのマインドは、キャリアの出発点と地続きのように感じられたに違いない。

ストーリーごと商品を渡す——接客の中に生まれるつながりと循環

田口さんが接客の中で大切にしているのは、「商品を販売すること」ではなく「ストーリーを届けること」だ。それは前職のチョコレートの仕事をしていた頃から変わらない、彼女が大切にする一本の軸である。

「プレゼント用にチョコを選んでいるお客様に、誰に渡すのか、その方の生活リズムとか食べてもらうシーンを一緒にイメージしたりしていました。ここに来てよかったな、また来たいなと思ってもらえる時間や体験をしてほしくて。それは前職のときから変わらないかも」

最近印象に残っているエピソードとして話してくれたのが、鎌倉在住のお客さまの話だ。オンライン注文をしてくれたその方に同封したメッセージカードへ、後日「ありがとうございます、早速使わせていただきます」とインスタグラムでDMが届いた。その方が、先日わざわざ店舗を訪ねてきてくれたのだという。

「自分が一つひとつやっていることが、誰かのきっかけみたいになれてるのが嬉しかった。お店で体現したい温度感みたいなものが、手紙を通して伝わって、それでお店にも来てくれたのかなあって」

もう一つ、嬉しかったと語ってくれたのが、台湾から訪れた方とのエピソードだ。店舗に来店してディフューザーを購入したその方が、帰国後に友人にnoiを紹介。その友人が日本を訪れるタイミングで、東京から日帰りで富士吉田まで来てくれた。しかも、台湾の友人から頼まれたディフューザーの詰め替えも購入してくださった。

「台湾と富士吉田でそんなことが起こりえるんだとびっくりした。海外の方にも何かきっかけになる場所としてnoiがなっているみたいな。そういうのもすごく嬉しかった」

noiとの出会い、コミュニケーションを通じて、人と人がつながり、また富士吉田へと戻ってくる。そんな接点と循環が、この小さな店舗から静かに広がっている。

海外から訪れた方にフレッシュなクロモジの枝を揉み込んで実際に香りを試してもらうと、「なんだこの香りは、日本にしかないのか」と目を丸くして、Googleマップのレビューに田口さんの名前を書いてくれた人もいたという。

「単にお客さまとスタッフとしてじゃなくて、人と人としてのコミュニケーションが成り立ったという感覚。商品を販売しているっていうよりも、ストーリーを届けられた、みたいな感覚になったとき、喜びとかやりがいとか、そういうことを感じます」

noiを通して人の生活に役立てることへの実感。人と人がつながっていく喜び。それはどこまでも、田口さんが長年大切にしてきたものなのだ。

体感時間が伸びた——富士吉田での暮らしと、これからの展望

移住からもうすぐ1年が経つ。富士吉田での暮らしは田口さんの日常を大きく変えた。横浜に住んでいたときは、仕事が終わってからから飲みに行って、深夜に帰宅して、翌朝7時に起きてまた会社へ向かうサイクルが当たり前だったという。

「楽しいから活力になって、また次の日の仕事を頑張ろうみたいな感じでやってたけど、このリズムはさすがに長くは続かないかもなとは、どこかで思ってはいた」と振り返る。

今は朝早起きして、徒歩でnoiまで向かい、途中で浅間神社に参拝してから出勤する日もある。朝7時集合の森のゴミ拾いに参加し、コーヒーを飲んでから仕事へ向かう日もある。

横浜ではペーパードライバーを卒業できずにいたのが、こっちでは「強制的に」運転することになり、今では車での移動が楽しくてたまらない。今度、友人と奈良まで車で行く計画も立てているそうだ。

「いつかこんな暮らしができたらいいな、という密かに憧れていた生活を、もうすでに送っている人がめちゃめちゃ周りに多くて。すんなり自然に自分の生活にも取り入れられるというか。不思議と体感時間が伸びたなあって思います」

noiのメンバーで登山のミーティングをしようと集まれば、一人一品持ち寄りで、誰かが羽釜で炊いたご飯を持ってくる。「飲み屋さんや飲食店が少なくても、みんなで楽しいことを生み出せるし、それを生み出すのが得意な人たちが集まっているなっていうのをすごく感じる」と話す表情は、とても穏やかだ。

これからについては、noiとして日本各地の植物の魅力を発信していくことや、海外でのポップアップの展開も視野にある。また個人としては、廃棄されてしまう地域の素材を発掘し、noiの商品に活かすような「バイヤー的な活動」もやってみたいという夢を持っている。

「どうしても廃棄されちゃうけど、実はここからいい精油が取れて、とか。そういうアップサイクルを見つけて素材を活かして、noiの商品にすることで、さらにストーリーが生まれて、良い循環が生まれるきっかけになれたらいいなと思います」

そして今年の夏の目標は、富士山の登頂だ。

「富士山の麓から収穫してるんです、とか言ってるのに、富士山登ったことある?って聞かれるたびに、毎回ないですって答えていて(笑)。せっかく自然が近くにあるし、地域のことを知るという意味でも、移住2年目の今年に登りたいなと思っています」

終わりに——富士山のかけらを、誰かの日常に

田口さんの話を聞いていると、チョコレートからアロマへという一見大きな転身の奥に、ずっと変わらない一本の軸があることに気づく。

「素材の収穫から販売まで一貫して手がけるプロダクト」と向き合い、「ストーリーごと届ける」接客をすること。それはキャリアの出発点から、9年間の積み重ねを経て、今に至るまで、ぶれていない。

「自分がやりたいことが、ちょっとずつではあるけど叶ってる。富士吉田に来てからは仕事だけじゃなくて、どういう暮らしをしたいかみたいなところのウェイトが大きくなっている」という言葉は、とても静かに、でも確かな手ごたえをもって語られた。

noiの商品には、富士山の湧き水が使われ、富士山麓の森で採れた植物の香りが凝縮されている。それを手にした方が「なんだこの香りは」と目を丸くし、台湾の友人に伝わり、それが富士吉田への旅のきっかけになる。そんな循環が、商店街の一つの店舗から静かに広がっている。

「富士山を見るだけじゃなくて、香ったり、感じたりとか、五感で体験してもらいたい。富士山のかけらをちょっとでも、その方の日常に持って帰ってもらえたらいいな」

そう話す田口さんの言葉には、接客への誇りと、この土地への愛情が宿っていた。富士吉田の商店街に足を運んで、森の香りとともに、田口さんのストーリーを聞きに行ってほしい。


<田口眞帆さん・noiブランドに関するSNS・情報はこちら>
Instagram(田口さん):https://www.instagram.com/tagu_maho/
Instagram(noi):https://www.instagram.com/noi_aroma/
ホームページ(noi):https://noi-aroma.com/


取材:鈴木斗樹
執筆:萬里小路 忠昭

取材日:2026年6月24日

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